ཁྱི་རྒན།/老狗
製作国:中国
上映時間:81分
監督:ペマ・ツェテン
出演:ロチ/ドルマキャプ/タムディンツォ
今のところは第12回東京フィルメックス映画祭で最優秀作品賞を受賞した本作がペマ・ツェテン監督の最新作です。『ティメー・クンデンを探して』(2009)にもほんの少し出演していたドルマキャプが、本作では準主演的役どころを演じています。
あるチベット族の男(ドルマキャプ)が町にマスチフ犬を売りに来ます。1990年代から中国人富裕層にマスチフ犬をペットとして飼う習慣が広まりはじめ、チベット高原のマスチフ犬は高値で取引されるようになっていたのでした。翌日、息子から犬を売ったと聞いた老人(ロチ)は、金を持って仲買人のところに出向き、犬を買い戻して来るのでした。そのうちどうせ犬泥棒に盗まれてしまうのだから、今のうちに売ってしまったほうがいい、という息子や仲買人の声にも「犬は牧人の宝だ」と言って耳を貸さない老人。しかし、ついには彼の周りに犬泥棒まで出没しはじめ、一時も心の休まるときがありません。そして、ついに老人はある決断を下すのでした……というお話。
『静かなるマニ石』(2005)で描かれた村に比べると、本作で描かれている老人の住む家は、割合都会に近いところにあり、町には漢族も住んでいます(本作では漢族は漢語で喋るのですが、ものすごく訛がきつかった)。当然、漢族に代表される経済的価値観(拝金主義とも言う)は、老人の周りにも入り込んで来ており、若い世代のチベット族もその影響下にあります。そんな環境で生きる老人の孤独な闘いと絶望が本作では描かれています。
本作は他の2作と比べると画質も非常にざらざらしており、始めはフィルムとHDCAMの違いかとも思ったのですが、『静かなるマニ石』は確かにフィルムで撮られていますが、『ティメー・クンデンを探して』(2009)は本作同様HDCAMで撮られているようなので、上映時のメディアの問題でなければ、そういった現実に直面して揺れるチベット族の文化・習慣を、画質によっても表現しているのかもしれません。
本作で印象的だったのは煙草の使い方とテレビの使い方。若い世代のチベット族の青年たちは紙巻きタバコを吸うのですが、老人は常にパイプを手放さず、若者たちから紙巻きタバコを勧められても頑なに断り続けます。そんな彼が、息子にパイプを貸すシーンがあるのですが、不完全ながらも、父と子の絆を示しているようで、わずかに救いが感じられました。一方のテレビ。老人の家にあるテレビは常に大音量で漢語の番組を流し続けています。これが何を象徴しているのかは、言うまでもないでしょう。