今日こんな映画観た

日本未公開・未ソフト化の超マイナー映画から、誰もが知っている超大作まで、映画についての鑑賞メモ。
基本的にストーリーは結末まで記しているため、ご注意ください。

C:Spain

フランコ・ジラルディ(1966)『禿鷹のえさ』

7 pistole per i MacGregor
製作国: スペイン/イタリア
監督: フランコ・ジラルディ(フランク・ガーフィールド)
出演: ロバート・ウッズ/フェルナンド・サンチョ/レオ・アンチョリス

【あらすじ】

テキサスで馬の牧場を営むスコットランド移民のマッグレガー一家の牧場に馬泥棒たちが押しかけて来る。二組の老夫婦が迎え撃つが、家の中にまで入り込まれ、火を付けられる。あわやという場面で彼らの7人の息子たちが帰ってきて、無法者たちを撃ち殺すのだった。

兄弟の中で負傷したジョニー(サトゥルノ・チェッラ)を家に残し、グレガー(ロバート・ウッズ)を始めとする6人の男たちはラス・メサスに200頭の馬を売りに出かける。しかし、ラス・メサスはサンティリアナ(レオ・アンチェリス)率いる無法者に占領されていた。彼の手下である馬商人クロフォード(クリス・ウエルタ)と馬の売却価格で揉めた男たちは酒場で殴り合いを始め、保安官(モリーノ・ロホ)によって収監されてしまう。

夜中、脱獄した6人は馬が盗まれていることに気づき、足跡を追いかけて行く途中、一軒の炎上する農家を見つける。そこはカーソンの家で、主人はサンティリアナの手下に殺され、娘のロジータ(アガタ・フローリ)が家を守っていたのだった。

グレガーは名前を変え、サンティリアナの手下として一味に潜り込む。そして、サンティリアナ一味の犯行計画を弟たちに伝え、弟たちは先回りしてサンティリアナのふりをして銀行強盗をしたり、彼の手下であるミゲル(フェルナンド・サンチョ)が護送中の銀塊を横取りしたりすることでサンティリアナの邪魔をする。しかし、列車強盗を横取りした際にグレガーの正体がサンティリアナにバレてしまう。

拷問を受けるグレガー。連絡係としてやはり一味に潜り込んでいたロジータが全てを白状してしまったことにより、兄弟たちは捕まってしまう。グレガーとロジータは監禁されていた牢から抜け出し、グレガーは間一髪のところで兄弟たちを助る。兄弟たちはサンティリアナのアジトの建物に籠城する。

翌朝、サンティリアナ一味の総攻撃を迎え撃つ兄弟たちだったが、銃弾が底をつき、もはやこれまで、というタイミングで遠くからバグパイプの音が聞こえて来る。ロジータに急を知らされたアリステア(ジョルジュ・リゴー)、ハロルド(フランチェスコ・テンシ)を始めとするマクレガー家の人々が増援にやってきたのだった。バタバタと倒されて行くサンティリアナ一味。グレガーはサンティリアナと殴り合い、格闘の末、自らのナイフを胸に刺されてサンティリアナは絶命するのだった。

牧場に戻った兄弟たちは、グレガーの妻となったロジータも交え、「ウイスキーと栄光を!」というマッグレガー家のスローガンで乾杯するのだった。

【感想】

日本には本作とその姉妹編である『殴り込み兄弟』(1967)、そして『必殺の用心棒』(1966)が紹介されているフランコ・ジラルディ監督の初期のマカロニウエスタン。というか、ジラルディは全部で4本のマカロニウエスタンを監督しているのですが、全てが67年までのブーム初期に作られています。

あらすじを見ていただくと分かる通り、『荒野の用心棒』(1964)以来の定石を踏襲しつつ、かなり明るくコミカルな作品に仕上がっています。オープニングのアリステアとハロルドの老人2人がなんやかんや言いながら大砲まで持ち出して馬泥棒を撃退するシーンや、クライマックスでキルトを履いてバグパイプを吹き鳴らしながら救援にやって来るシーンなど、スコットランド移民のステレオタイプ的な描写ながら、なかなか微笑ましい。

原題の「マッグレガーのための7丁のピストル」の通り、マッグレガー家の7人の息子たちが物語の中心なのですが、ジョニーは序盤の戦いで負傷し、終盤の救援まで出てこないので、実質的に6人が中心となります。とは言え、牧師かぶれのジョニーは終始黒づくめの服装をしており、兄弟の中で実は一番キャラ立ってるんで、印象には残るんですが。また、若者は7人いるんですが、彼ら全員が兄弟なのか、一部がアリステアの息子で一部はハロルドの息子なのか、その辺がイマイチよく分かりません。

兄弟たちを演じるのは、ロバート・ウッズ、マヌエル・サルソ、ナッツァレーノ・ザンペルラ、パオろ、マガロッティ、フリオ・ペレス・テベルネロ、サトゥルノ・チェッラ、アルベルト・デラクアの7人。ロバート・ウッズは主演級のスターですが、他にもザンペルラ、デラクアあたりはマカロニウエスタンでチラチラと見かける印象。

トニーノ・ヴァレリ(1972)『ダーティ・セブン』

Una ragione per vivere e una per morire
製作国: イタリア/フランス/西ドイツ/スペイン
監督: トニーノ・ヴァレリ
出演: ジェームズ・コバーン/バッド・スペンサー/テリー・サヴァラス/ラインハルト・コルデホフ

【あらすじ】

南北戦争中、食い詰め者のイーライ(バッド・スペンサー)は、盗みをしたところを北軍兵に見つかり、もう一人の男とともに逮捕され、護送される。もう一人の男こそ、南軍に砦を明け渡し、降伏したペンブローク(ジェームズ・コバーン)大佐だった。北軍の砦に着いたペンブロークはバラード少佐(ホセ・スアレス)に面会し、砦の奪回のために数人の男たちを貸して欲しいと頼む。そんなペンブロークに与えられたのは、イーライを始めとする6人の曲者揃いの死刑囚、それに、ペンブロークを護送する際、彼の十字架を盗んだブレンド(ラインハルト・コルデホフ)軍曹だった。

反抗的な男たちに対し、ペンブロークは砦の地下には50万ドルの黄金が埋めてある、という秘密を明かす。途中、食料調達に訪れた民家でマクアイバース(ガイ・メーレス)が殺されたり、仲間割れの危機を迎えたりと色々ありつつも、残った7人は砦のそばまでたどり着く。

南軍兵に成りすましたイーライが砦に入り、彼の手引きによってペンブロークたちは砦へと潜り込む。その際、ある南軍軍曹から、なぜペンブロークが砦を南軍のワード(テリー・サヴァラス)に明け渡したのかが語られる。ワードはペンブロークの息子を人質に取って開城を迫った。そしてペンブロークが降伏したにも関わらず、その息子を銃殺していたのである。

砦での銃撃戦によって南軍兵もペンブロークの仲間たちも一人また一人と死んでゆき、ついにはペンブローク、イーライ、ワード、そしてブレンド軍曹だけが生き残った。ワードに歩み寄るペンブロークだったが、金の話が嘘だと気付いたブレンドはペンブロークを殺そうとする。が、既のところでイーライがブレンドに機関銃を発砲。一方、ワードは「降伏兵は正当に処遇しなければならない」という規則を盾に降伏しようとするが、ペンブロークは息子の仇である彼を許すはずもなく、ワードはペンブロークによって刺し殺されるのだった。

【感想】

師匠筋にあたる(なにかとこう書かれてしまうのが、まずもってヴァレリの可哀想なところだとは思う)セルジオ・レオーネの『夕陽のギャングたち』(1971)にも出演したジェームズ・コバーンを主演に据えて、南北戦争を真正面から描こうとしたような、別にそんなこともなく、単なる復讐劇に南北戦争が絡んだだけ、といういつものマカロニウエスタンを作ろうとしたような、そんな作品。

面白くないわけではない(特にスペンサーが南軍の砦に忍び込んだあたりからはなかなかテンポ良く見せてくれる)のだけれど、いかんせんそれまでの段取りでもたついている感がなくもありません。上記のスペンサーが砦に忍び込む時点で映画の3/4は終わっているので、大半がなんというかもたついている印象があります。

さすらいの一匹狼』(1966)や『怒りの荒野』(1967)、『復讐のダラス』(1969)みたいな割とシンプルなマカロニウエスタンは(粗はありつつも)上手にまとめて素晴らしい作品に作り上げるヴァレリですが、本作はちょっとテイストが合わなかったのかな、という印象もあり。

砦のロケに使われたセットは『盲目ガンマン』(1972)なんかでもちょこっと出てきた砦と同じものですかね。

ラファエル・ロメロ・マルチェント(1969)『追跡者ガリンゴ』

Garringo
製作国: スペイン/イタリア
監督: ラファエル・ロメロ・マルチェント
出演: アンソニー・ステファン/ピーター・リー・ローレンス/ソルフィ・ステュービング/ホセ・ボダロ

【あらすじ】

北軍の将校に脱走兵だった父を殺された少年ジョニー(ピーター・リー・ローレンス)は、銃の名手クラウス(ホセ・ボダロ)に助けられ、彼の娘ジュリー(ソルフィ・ステュービング)と共に成長する。長じてクラウスの家を出たジョニーは、父の復讐のため、北軍の将校を襲って殺しては、殺した将校の階級章を剥ぎ取り、父の墓に供えていた。

軍もそれを座視しておくことはできず、営巣に入れられていた中尉ガリンゴ(アンソニー・ステファン)に、ジョニーを生け捕りにするよう命令を出す。ジョニーの手下たち(フランク・ブラーニャとか)を捕まえたり殺したりしながらジョニーを追うガリンゴ。

一方のジョニーは久々にクラウスの家に帰り、何も知らないクラウス、ジュリーたちから歓待を受けていた。そこへ、ジョニーの手下との戦いで傷を負ったガリンゴが運び込まれる。追っ手だと感づいたジョニーは家を離れる。ガリンゴは保安官となっていたクラウスに全ての事情を話すのだった。

クラウスはガリンゴと協力し、ジョニーを牢に入れることに成功するが、ジョニーが北軍の軍資金強奪を餌に仲間に引き込んでいた賞金首たちによって牢は襲われ、ジョニーはガリンゴを人質に逃亡する。ジョニーは仲間たちと共に北軍の馬車を襲い、軍資金を強奪するが、そこで仲間割れを起こす。その隙に逃げたガリンゴはジョニーを隠れ家に追い詰め、彼の両手に銃弾を打ち込むが、ジョニーは隠し通路を通って街へと逃げてしまう。

街にたどり着いたジョニーだったが、そこには生き残った彼の元手下が待ち構えており、無残にも撃ち殺されてしまう。一歩遅れて街にやってきたガリンゴは、ジョニーを殺した賞金首たちを街から一掃するのだった。

【感想】

アンソニー・ステファンが主演を務めたマカロニウエスタンの1本。敵役はピーター・リー・ローレンスということで、二大スター共演作品の感もあり、名バイプレイヤーのホセ・ボダロが脇を固めている、という布陣。ラファエル・ロメロ・マルチェントは1963年にマカロニ初期の傑作である『墓標には墓標を』を撮り上げた監督ですが、本作ではそのほのぼのとした持ち味に加え、マカロニウエスタン的なテイストをも盛り込むことに成功しています。ジョニーが少年から大人になる瞬間のカットなど、おっと思わせる演出も随所に見られます。

一方で、ストーリーについては、無駄に錯綜している感があったり、ジュリーがガリンゴにそこはかとない好感を持っていることを匂わせる伏線がありつつも、だから何ということもなかったり、ちょっとごちゃついている感があります。

大きな問題は3点。まず、ステファンの見せ場があまりない。まあ、これはステファン映画には割と共通した欠点なおで置いておいて。2点目はジョニーのキャラクター。まあ、単なる狂人と片付けることも可能ですが、基本それなりに魅力的な悪役キャラなんですが、何でクライマックスでいきなり「デスノート」の月みたいな醜態を晒しているのか、彼は。そういう、ある意味で子供じみたキャラクター造形なのかもしれませんが、キャラクターの魅力という意味では……。

3点目は2点目とも関わりますが、クライマックスでガリンゴが倒すのが、ジョニーを殺した賞金首という点。結果的におい続けてきたジョニーの敵討ちをする形になってしまっており、どうにも盛り上がりに欠けます。真っ正面から描ききれば悪役に主役が食われない版『ガンクレイジー』(1966)のような名作に化ける可能性も感じられるだけに、勿体ない感じはします。いや、でも、面白い作品ではあるんですよ。

セルジオ・コルブッチ(1972)『J&S/さすらいの逃亡者』

La banda J. & S. - Cronaca criminale del Far West
製作国: イタリア/西ドイツ/スペイン
監督: セルジオ・コルブッチ
出演: トーマス・ミリアン/スーザン・ジョージ/テリー・サヴァラス

【あらすじ】

子ブタと牛を交換してくれる、という話につられ、ある西部の町にやってきたお尋ね者のジェド・トリガード(トーマス・ミリアン)。しかしそれは、過去の因縁から彼を執念深く追いかける保安官フランシスカス(テリー・サヴァラス)の仕掛けた罠だった。間一髪のところで罠に気付き逃げ出すジェド。そんな彼を墓掘り人の姪サニー(スーザン・ジョージ)が助ける。

無法者に憧れる彼女は、ジェドに付きまとう。そんなサニーに、犬のように俺の言うことに従うならば、付いてきても良い、言い放つ。2人はジェドが懇意にしているソミーロのいるメキシコ人の集落を訪れ、歓迎されるが、集落の土地を奪おうとする大地主モレーノの手下が村を襲撃する。サニーが隙をついて一人を撃ち殺したことで、村は救われるが、初めて人を殺してしまったサニーはショックを受ける。

その夜、泥酔したサニーは銃を乱射し、たまたま近くで張っていたフランスシスカスに気づかれてしまう。何とか逃げ出した二人。町にたどり着いたジェドは、馴染みの娼館にサニーを売り飛ばそうとするが、泣いて抵抗するサニーを見て思い直す。そんなジェドに愛を告白するサニー。

教会で結婚式を挙げた二人は、ボニー&クライドよろしく夫婦で強盗を繰り返す。しびれを切らした州政府は、盲目となったフランシスカスの強要もあり、賞金を釣り上げると共に、二人を捕えた者の過去の罪を許す、との布告を出す。

一方、大金を得た二人は町の高級ホテルに泊まるが、そこでジェドはモレーノ夫婦の結婚1周年パーティに出くわす。モレーノ夫人に惹かれたジェドは、「あれが本当の女だ」と言って、サニーが止めるのも聞かずにパーティに潜り込む。怒ったサニーはパーティ会場に強盗に乗り込むが、そこにはフランシスカスも居たのだった。サニーを置いて、モレーノ夫人を人質に逃げ出すジェド。目的地はソミーロの住む村。一方怒りに駆られたサニーは村の場所を追っ手に教えるのだった。

村にたどり着いたジェドだったが、すでにソミーロたちは村を捨てたあとだった。自分がいれば、と悔やむジェド。そこにサニーが追いかけて来る。追っ手に村のことをバラしてしまった、と告げるサニー。ジェドはそんなサニーに怒り、彼女を追いやり、埋めてあったマシンガンを使い、追っ手を一掃する。

ジェドは廃屋に立てこもるが、フランシスカスはそこに手榴弾を投げ込む。その音を聞いたサニーによって、間一髪で救い出されるジェド。ジェドはフランシスカスを殺すようサニーに命令するが、サニーはそれを断り、ジェドを見捨てて出て行く。狼狽したジェドは、彼女に愛を告白しながら、サニーのことを追いかけて行くのだった。

【感想】

セルジオ・コルブッチ監督による後期のマカロニウエスタン。製作年から推測すると、おそらく『ガンマン大連合』(1970)と『進撃0号作戦』(1972)の間に撮られたものと思われますが、もしかすると『進撃0号作戦』(1972)のほうが先なのかな? とにかく西部劇に限っていえば、最後の方の監督作品になります。

ジェドとサニーの関係は、おそらく実在の銀行強盗であるボニー&クライドを基に創作されたものかと思われます。実在の二人の最期は『俺たちに明日はない』(1967)でも有名なところ。60年代であれば、コルブッチもこの映画にそういう結末を用意したのではないかな、とも思いますが、おそらくこの頃のコルブッチは西部劇を通して描きたい物語が60年代の彼とは少しずつ変わって来たのではないかな、と感じられます。それがジェドとサニーの関係性が逆転したかのように見える本作の結末なのだという気がします。

正直本作はアイデアが先行している印象があり、物語の展開もスムーズとは言いたいところもあり、コルブッチの西部劇の中では傑作とは言い難い作品です。ただ、ミリアンとジョージの演じるジェドとサニーのキャラクターは非常に魅力的であり、それを追いかけるフランシスカスもなかなか一筋縄では行かない魅力のあるキャラクターであり、単純な失敗作、とも言えない、魅力のある作品です。

本作は主としてアルメリアのタベルナス近郊の荒野で撮影されたと思われ、見覚えのある稜線や特徴ある岩がちらほら見えるのも面白い。ミニハリウッドも数シーンで使われているみたいですね。

エンツォ・バルボーニ(1973)『くたばれカポネ』

Anche gli angeli mangiano fagioli
製作国: イタリア/フランス/スペイン
監督:エンツォ・バルボーニ(E・B・クラッチャー)
出演:ジュリアーノ・ジェンマ/バッド・スペンサー/ロバート・ミドルトン/ビル・ヴァンダース

【あらすじ】

1920年代のニューヨーク、覆面レスラーのチャーリー(バッド・スペンサー)はマフィアのボス、アンジェロ(ロバート・ミドルトン)から試合での八百長を命じられる。しかし、試合中、頭に血が上ったチャーリーは対戦相手を倒してしまう。ソニー(ジュリアーノ・ジェンマ)の助けもあり、チャーリーは試合会場から脱出する。

一方ソニーはチャーリーの度胸と腕っ節を見込み、相棒になろうとまとわりつく。チャーリーの顔が割れていないことをいいことに、アンジェロの部下になることに成功する2人だったが、バーの用心棒をやれば上院議員をノシてしまい、みかじめ料の取り立てに行けば生来の人の良さが災いして、逆に貧しいイタリア人一家に金を恵んでやる始末。ボスへの上納金に困った2人は、敵対するコロシモ・ファミリーのギャングから金を巻き上げてしまう。

彼らがコロシモ・ファミリーにちょっかいを出したことにより、アンジェロのファミリーとコロシモ・ファミリーは戦争状態に入ってしまう。ソニーは金を巻き上げた相手のギャングの暗殺を、チャーリーは上院議員を暗殺し、コロシモ・ファミリーの仕業に見せかける仕事をボスから言い渡される。しかし、根っからの悪人ではない2人が悩んでいるうちに、何者かによってギャングは殺され、上院議員も死んでしまう。

そこに凄腕の刑事マッキントッシュ(ビル・ヴァンダース)が登場し、2人は捕まってしまうが、潜入捜査官だと嘘をつき、2人は釈放される。アンジェロのところに戻った2人だったが、イカサマがばれ、ほうほうのところで逃げだすが、助けてやったイタリア人家族の元を訪れたチャーリーがアンジェロに捕まってしまう。

埠頭でリンチにかけられそうになるチャーリーだったが、間一髪のところでソニーが助けに入る。あとはいつもの殴り合いからの目出度しめでたし。

【感想】

原題の「Anche gli angeli mangiano fagioli」は、日本語にすると「天使たちですら豆を食べる」となります。直接的には映画序盤に登場する救世軍の女性のセリフなのですが、本作のマフィアのボスも天使を意味するアンジェロという名前です。一方で、マカロニウエスタン・ファンならばジェンマが出演している本作でエンジェルと言われて真っ先に思い出すのは彼が『夕陽の用心棒』(1965)で演じたエンジェル・フェイスでしょう。そのエンジェルですら豆を食べる、となると、本作はジェンマをスペンサーと組ませて作った、ヒル&スペンサー映画みたいな映画だよ、というバルボーニからのメッセージを読み取るのは考えすぎでしょうか。

本作は基本的には、バルボーニ監督がいわば生みの親であり、その後も何作品かに携わっているヒル&スペンサー映画の派生というか、亜流として考えると分かりやすい作品です。一方で、ヒル&スペンサー映画では基本的には人は死なないのに対し、本作は20年代のニューヨークという舞台設定のせいか、前年に公開された『ゴッドファーザー』(1972)から影響を受けたと思われる暗殺シーンも一応は存在しており、ほんの少しカラーが異なる印象も受けます。本当にほんの少しですが……

映画序盤、ジェンマがカラテ道場のようなところで掃除夫をしているシーンがあるのですが、この時代のイタリア映画のこういうシーンって、なんでこう日本と中国が清々しいまでにごっちゃになっているんでしょうね…… 面白いけど。

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