今日こんな映画観た

日本未公開・未ソフト化の超マイナー映画から、誰もが知っている超大作まで、映画についての鑑賞メモ。
基本的にストーリーは結末まで記しているため、ご注意ください。

1930s

チャールズ・チャップリン(1936)『モダン・タイムス』

Modern Times
製作国:アメリカ
上映時間:87分
監督:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン/ポーレット・ゴダード/スタンリー・サンドフォード

本作は、言わずと知れたチャップリンの最盛期の代表的な長編作品のひとつ。本作まではサイレントだと思い込んでいたのですが、チャップリンはほとんど喋らないものの、映画としてはトーキーに分類される作品になるんでしょうか。パートトーキーというか。

 文明という名の機械化の波があれよあれよという間に押し寄せてきた30年代。工場で働くチャーリーは、スパナを両手に次々と送られてくるベルトコンベアーの部品にネジを締めていた。ところが絶え間なく運ばれてくる部品を見ている内に、段々彼の頭がおかしくなっていった……。彼が機械文明に対して痛烈な諷刺を込めて描いた傑作。驚異的に進む機械化の中で、一個の歯車として駆けずり回る労働者と、それを私設テレビで監視する資本家との構図によって、この後訪れる人間喪失の時代を30年も前に先取りしていたという点で、彼の社会に対する観察眼の鋭さ、その才能の凄さには改めて感心させられてしまう。またこの作品が製作された38年と言えば、世界のほとんどがトーキー化していたが、彼はそんな中でもキャバレーのシーンで“ティティナ”を歌う意外一言もセリフを喋らず、かたくなに動きと映像だけでこのテーマを訴えた。トレード・マークでもある、山高帽、ドタ靴、ステッキというスタイルが最後となった作品でもある。

映画冒頭で「本作はオートメーション化する社会に反抗して……」というような字幕が出るのですが、労働者を搾取する資本家に対する抗議を主題とした作品なのかと思って見ていると、必ずしもそうではなく、後半では児童保護局(正式名称は分からないですが)の人々が悪役になっていたりと、少々テーマに揺らぎが見られます。そう言った意味では資本家に対する労働者の反旗、というテーマをストレートに扱っているエイゼンシュテインの『ストライキ』(1925)のほうが見応えがある面はあります。もしかするとシステム的な「機械化」ではなく、それが象徴するところの柔軟性のない杓子定規な構造に対する批判、という観点から見るとテーマに一貫性が見られるような気もしますが。

一方で、本作はチャールズ・チャップリンが得意とするスラップスティック・コメディの面白さは遺憾なく発揮されています。ぼく個人の意見としては(一般の評価と少々異なり、)チャップリンの長編映画は少々テーマ性がストレートな割に空回りしてしまっている印象があり、どちらかというと彼の身体性の面白さに重点が置かれた初期の短編映画のほうが面白いのではないかと感じています。

田坂具隆(1938)『五人の斥候兵』

製作国:日本
上映時間:78分
監督:田坂具隆
出演:小杉勇/見明凡太朗/伊沢一郎/井染四郎/長尾敏之助

田坂具隆監督というと、ぼくの中では戦後の日活映画製作再開期の『陽のあたる坂道』(1958)などの文芸路線の映画や、以前もご紹介した『五番町夕霧楼』(1963)のイメージが強いのですが、本作は日中戦争期に国策の一環として撮られながらも、迫真的なリアリズムが高く評価され、第6回ヴェネチア国際映画祭で民衆文化大臣賞を受賞した戦争映画です。

 田坂具隆が原作(高重屋四郎名義)と監督を務めた戦争ドラマ。荒牧芳郎が脚本を担当した。国策に沿って製作された戦争高揚映画だが、カメラワークと、ヒューマニスティックな視点とが評価された。
 激戦を乗り越えた岡田部隊のもとに、本隊から敵陣の偵察命令が下った。部隊長の岡田は五人の兵士からなる斥候隊を組織し、敵の情報収集に向かわせた。五人は川の対岸に数多くの中国兵とトーチカなどを発見、部隊に戻ることにした。しかしすでに彼らは敵の部隊に取り囲まれていた。機銃掃射を受けながらも、五人はそれぞれその場を離れた。一人また一人と兵士たちが帰還したが、木口一等兵だけが戻らない。そんな中、本部から明朝敵陣を占拠せよという命令が下った。

田坂具隆監督と戦争映画、というのがいまいちピンと来なかったのですが、本作を見てみて納得できました。本作は一応戦闘シーンもあるものの、あくまで物語の中心となるのは、小杉勇演じる岡田部隊長を理想化された「父」として描かれた理想的な疑似家族的な軍隊という集団です。

上映時間のほとんどを占めるのは、占領した拠点(『独立愚連隊』(1959)に登場した拠点を想像するとだいたいそんな感じ)を部隊にした、軍部隊の日常風景。兵たちによる歩哨や飯炊き、その中での戦友同士の他愛のない会話が多くを占めています。ユーモアのある台詞も多く、本体から支給された煙草をバットから吸うかほまれから吸うか、といった言い合いのシーンなど印象に残るシーンも多い。

明らかに戦意高揚目的で撮られた映画ではありますが、今見ても面白さの感じられる作品となっていました。

孫瑜(1935)『大路』

The Big Road
製作国:中国
上映時間:104分
監督:孫瑜
出演:金焰/陳燕燕/黎莉莉/張翼/章志直/羅朋

中国では1905年に初めて映画が撮影されましたが、1920年代後半から1930年代にかけて、上海を中心に最初の隆盛期を迎えます。この時期の代表的な作品のひとつが本作『大路』です。この時期の作品にはいわゆる左翼的な作品が多いのですが、本作もその一本であり、孫瑜も左派映画人の一人です。この時期、大手映画スタジオの支配を巡り、共産党と国民党は鎬を削っていました。

道路工事の人夫である金哥(金焰)、老張(張翼)、章大(章志直)、鄭君(鄭君里)、小羅(羅朋)の5人はそれぞれ違った性格ながら気の合う仲間でした。しかしある日、短気な章大が仕事中に問題を起こし、5人とも馘になってしまいます。街でこれからのことを思い悩んでいた5人は、食い詰めて泥棒をして逃げている韓小六子(韓蘭根)を見かけ、彼を助けてあげるのでした。

金哥の発案で、内地に行ってまた道路工事の人夫をやることにした5人に韓小六子を加えた6人、人望のある金哥の提案に、その他の仲間たちも乗ってきて、彼らは中国中を道を作って回ります。ある時、彼ら6人は近くの食堂の2人の娘、丁香(陳燕燕)と茉莉(黎莉莉)と親しくなります。

一方、敵国との戦争は彼らが作っている道のすぐ先まで迫っていました。敵国から賄賂をもらい、道路工事を中止させようとする地主の胡旦那(尚冠武)でしたが、6人は彼を売国奴だと言い、言うことを聞きません。そんな6人は胡に捕えられ、井戸の中に閉じ込められてしまうのでした。

拷問を受けても工事を辞めることに同意しない6人。一方、彼らが胡旦那に捕えられたことに気づいた丁香と茉莉は、知恵を絞って6人を助け出すことに成功します。そして、無事に道を作り終えた彼らでしたが、そこに敵国の飛行機が爆撃をしかけにやってくるのでした……というお話。

本作は半分トーキー半分無声映画のような作りで、現在の中華人民共和国国家の作曲者である聶耳による「大路歌」「開路先鋒歌」といった人夫たちが路を作りながら合唱する歌や、効果音、ピストルの音などは音が入っていますが、登場人物の台詞は音声ではなく、字幕で表示されます。

今の目で見ると、少々テンポがゆっくり目である印象も受けますが、6人のキャラクターの描き分けや、コミカルなシーンの演出、丁香と茉莉が6人を助け出すシーンの知略や活劇など、エンターテインメントとしてもしっかりした作りの映画です。

今回、中国で発売されたDVDで見たのですが、このDVDではパッケージ裏の解説に、「全国民众奋起抗日(国中の民衆が奮い立って日本に抵抗した)」と、明確に敵国が日本であるかのように書いていますが、映画中では(当時の情勢からまぁ間違いなく日本を想定してはいるのでしょうが)「敵国」との表記がされるだけで、明確には描かれません。地主の家によく見ると日本国旗に見えなくもないものが置いてはあるんですが、白黒ですし、暗いのでわかりません。

そのため、日本人(というか日本人の一人であるぼく)としても、ひとつの戦争を描いた作品として楽しんで見られますし、その辺りが映画の出来も高めているように思えます。その辺が共産党政権になってからの「抗日映画」とは大きな違いでしょうね。

最後に、茉莉を演じた黎莉莉は今回初めて見た女優さんですが、とてもきれいな女優さんでした。

ウィルフレッド・ジャクソン(1932)『Musical Farmer』

製作国:アメリカ
上映時間:7分
監督:ウィルフレッド・ジャクソン
出演(声):ウォルト・ディズニー/マルセリート・ガーナー

『シンデレラ』(1950)、『わんわん物語』(1955)などのディズニー・アニメーションの共同監督も務めたウィルフレッド・ジャクソンの手になる短編アニメーション。よく知られているとおり、ウォルト・ディズニー自身がミッキーの声をあてています。

ストーリーは他愛のないものです。ミッキーとプルートが畑に種を蒔いていると、蒔いた端から鴉が食べてしまいます。それを追いかけたプルートは案山子と衝突し、案山子の服に潜り込んでしまいます。そのままの格好でミニー(声:マルセリート・ガーナー)を驚かすミッキーとプルートですが、それがバレて逆に笑われてしまうのでした。

その後、ミッキーとミニーが楽器を演奏しだすと、それに合わせて牧場の鶏たちが歌いながら卵を産みますが、一羽の鶏がとても大きな卵を産みました。ミッキーはそれを見て写真に撮ろうと大急ぎで家にもどったのですが……というお話。

7分という短編なので筋や演出にも取り立てて言うべきところはありません。音楽と、それに合わせて歌い踊る鶏たちが愉快な作品です。

内田吐夢(1939)『土』

製作国:日本
上映時間:117分
監督:内田吐夢
出演:小杉勇/風見章子/ドングリ坊や/山本嘉一

先日『限りなき前進』(1937)を紹介した内田吐夢監督の戦前の代表作のひとつ。主演も『限りなき前進』と同じく小杉勇が務めています。本作も完全なバージョン(142分)は残されておらず、今回フィルムセンターで上映されたのは、1968年に東独で発見された93分の短縮版と、1999年にロシアで発見された115分の不完全版を元に、修復が行われた117分の「最長版」。残念なことに、ラストシーンのフィルムはまるまる失われてしまっています。

 長塚節の代表作である同名長編小説を、八木隆一郎と北村勉が脚色し、内田吐夢がメガホンをとった。農村に生きる人々を徹底したリアリズムで描き、内田作品の中でも最高傑作と称される。しかし戦災により内容が欠落しており、現在見ることができるのはドイツで見つかった93分版と、ロシアで発見された115分版のみとされている。
 明治時代。父親が作った多額の借金のため、勘次は娘のおつぎと息子の与吉とともに貧しい生活を送っていた。父親の卯平とは借金が原因で折り合いが悪く、一緒に暮らしていた卯平は、ひとり納屋で暮らすことに。おつぎは亡くなった母親の代わりに農作業を手伝い、勘次にも卯平にも優しく接していた。ところがある日、卯平と与吉が囲炉裏に火をつけようとして、家が炎に包まれてしまう。

非常にリアリズムに徹した描写で、貧しい小作農の生活が描かれます。上の解説では「父親の卯平」となっていますが、実際には「妻の父親の卯平」という非常に距離の取りづらい関係。勘次も悪い人間ではないのですが、精神的にあまり強くなく、無愛想なため、なかなか家族関係がうまく行きません。

中盤までは貧しい農村の生活描写が基本的に淡々と描写されます。田畑を耕し、苗を植え、旱魃には雨乞いをし、村の婚礼があり、刈り入れ、地主への年貢の支払いなどの描写が丁寧に描かれます。登場人物たちの訛りも非常に強いため、はじめは少々聞き取りづらいのですが、この丁寧な描写を観ているうちに、彼らに非常に親近感が沸いてきます。そこから火事、卯平の失踪というショッキングな出来事が畳み掛けるように繰り広げられるので、かなり緊迫感のあるストーリーに仕上がっています。

東独で発見された版もロシアで発見された版もドイツ語字幕入りのフィルムだったらしく、タイトル、キャストもドイツ語で紹介され、台詞にもすべてドイツ語で字幕が入っていました。雨乞いや結婚の風俗など、ドイツでは馴染みが薄いと思われるシーンにも、いちいちドイツ語のインタータイトルが入っているのは興味深かったです。

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