今日こんな映画観た

日本未公開・未ソフト化の超マイナー映画から、誰もが知っている超大作まで、映画についての鑑賞メモ。
基本的にストーリーは結末まで記しているため、ご注意ください。

監督:ルイ・マル

ルイ・マル(1965)『ビバ!マリア』

VIVA MARIA!
製作国:フランス
上映時間:122分
監督:ルイ・マル
出演:ブリジット・バルドー/ジャンヌ・モロー/クラウディオ・ブルック/ジョージ・ハミルトン

『死刑台のエレベーター』(1957)、『地下鉄のザジ』(1960)などで知られるフランスのルイ・マル監督がブリジット・バルドー、ジャンヌ・モローという二人の女性スターを主演に迎えて作り上げたコメディ・ウエスタン。ジャンヌ・モローは『鬼火』(1963)などでもルイ・マル監督の映画に出演しています。バルドーも『私生活』(1962)に主演していますね。

 フランスを代表する二人の大女優が同じマリアという名を持つ歌手兼踊り子に扮し、革命のメキシコを舞台に大暴れするミュージカル調コメディ。父親仕込みのはえぬきのアナーキストのマリア(バルドー)は、流浪の果てにたどり着いたメキシコで警官に追われ、旅の一座に紛れ込む。ちょうど一座の歌手が自殺してひと騒動の時で、彼女は身代わりに花形女優のマリア(モロー)とコンビで舞台に出ることになった。“マリアとマリア”で売り出して大人気の二人。が、アナーキスト・マリアが保守派の暴行略奪を目撃し怒り心頭、相方をしり目に派手にやった。そして、革命派の指導者(ハミルトン)に互いに惚れてしまったことで、退くに退けない恋と農奴解放の大闘争に参入していく……。マルが「地下鉄のザジ」で試みたスラップスティックを西部劇風に展開。コミック的には消化不良だが、二大女優のキャラクターの違うお色気はうまく出せていたし、ノスタルジックな雰囲気作りにも成功している。

ウエスタンとして見た場合、前半の旅回りのサーカス一座のレビュー・シーンがやたらと長く、後半の革命劇との親和性もいまいちで、少々焦点が定まっていない印象を受けます。一方、ドタバタコメディとして見た場合、バルドーの性質とは非常にあっており、楽しんでみることができます。モローについては、コミカルなシーンとの親和性はバルドーと比べてしまうと少々落ちるという印象。

しかし、『荒野の用心棒』(1964)でマカロニウエスタンが大流行しはじめた直後に西部劇という話題を扱うルイ・マル監督のフットワークは非常に見るべきものがあります。というか、彼はいわゆるシネマトグラファーロ・タイプの監督ではない気がするのですが、そういった(しかもイタリア国外の)監督までが西部劇を扱ったということからも、当時の西部劇人気が見て取れます。

更に、アイルランドの革命の闘士の娘だったバルドーがメキシコ革命に参加するという筋書きはレオーネの『夕陽のギャングたち』(1971)を彷彿とさせます。また、クラウディオ・ブルックが研究している銃身が曲がった銃など、後のジャンフランコ・パロリーニ監督やジュリアーノ・カルニメーオ監督の映画を彷彿とさせるなど、(恐らく偶然でしょうが)後のマカロニウエスタンのルーツにもなり得た要素が豊富にあり、そういった観点からも見ていて楽しめます。

マカロニウエスタンでお馴染みの俳優はあまり見かけることができないのですが、サーカス一座の怪力男を演じたポルド・ベンダンディは『七匹のプロファイター』(1966)や『夕陽のギャングたち』でもその姿を見ることができます。

ルイ・マル(1960)『地下鉄のザジ』

ZAZIE DANS LE METROM
製作国:フランス
上映時間:93分
監督:ルイ・マル
出演:カトリーヌ・ドモンジョ/フィリップ・ノワレ/ユベール・デシャン/カルラ・マルリエ

これも新宿K's CINEMAのルイ・マル特集にて鑑賞。これで特集上映は終わりになるので、しばらくは劇場でルイ・マル監督の映画を観る機会はなさそう。以前からルイ・マル監督は掴みどころのない人という印象がぼくの中であり、今回の特集を追うことで少しは輪郭が見えてくるかな、と期待したのですが、更に輪郭がぼやけてしまった感じ。一作一作の印象がぜんぜん違うため、ルイ・マルとはこういう監督だ、と一言では言えない難しい人だと感じています(更にすべてそれなりに面白いのがもう)。

 母親とパリにやって来た少女ザジは芸人の叔父に預けられるが、彼女の楽しみは地下鉄に乗る事。だがストで地下鉄が動いていないと知ったザジは、ひとりで街へくりだしてしまう……。ザジがパリを離れるまでの36時間の冒険をスラップスティック調で描いたコメディだが、ヌーヴェル・ヴァーグの旗手ルイ・マルが手掛けただけに一筋縄ではいかない造りになっているところがミソ。もっとも、技巧を凝らした手法は、映像が氾濫している今の時代においては正直つらい部分もあるが、根底に流れるアイロニーと、ザジを始めとするユニークな人物象、それに作品の持つトーンの面白さは色褪せることはない。

久しぶりに楽しい映画を観ました(interestingではなくfunnyという意味で)。特に、劇場でこんなに笑ってしまう場面が多かったのは、かなり前に観たソビエト映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)以来かもしれません。

初めはもう少し真面目な映画かと思って見ていたのですが、フィリップ・ノワレ演じるガブリエルおじさんがザジの母を抱きしめようとしてスルーされるシーンで、「あ、何か違うな」と。更にザジとフィリップ・ノワレ演じる狂言回しのドタバタを見せられ、そこからは一気にファンタジーの世界に引きこまれてしまいました。

天真爛漫(というのとも違う、やりたい放題)なザジのキャラクターが素敵なのはもちろん、ガブリエルおじさん、友人のタクシー運転手、アパルトマンの大家、バーの女店主などなど、魅力的なキャラばかり。よく考えると社会風刺だとか、大人を皮肉ったような描写も垣間見えますが、見ている間はそんなことは考えず、ひたすらザジの巻き起こす素敵な世界で遊んでいました。

ナンセンスなシーンが連続する、という意味では、少し後に撮られた『ビバ!マリア』(1965)と共通する部分もあるかもしれません。

ルイ・マル(1958)『恋人たち』

LES AMANTS
製作国:フランス
上映時間:89分
監督:ルイ・マル
出演:ジャンヌ・モロー/ジャン=マルク・ボリー/ジュディット・マーレ/アラン・キュニー

ルイ・マル監督がデビュー作である『死刑台のエレベーター』(1957)に続いてジャンヌ・モローを主演に据えて撮影した監督第二作。前作では主人公はモーリス・ロネ、ヒロインとしてジャンヌ・モローを配していましたが、この『恋人たち』(1958)ではジャンヌ・モロー演じる若い人妻を中心に、それを取り巻く友人、夫、そして恋人といった人物設定で物語は展開していきます。

 L・マルの第二作目はデビュー作に続き再びJ・モロー(当時、まさに恋人の間柄だった)を主演に迎えての不倫愛の物語。ブラームスの主題曲が厳かに流れ、濃密なロマンの成熟具合は、その頃の彼の年齢を考えれば、背伸びをしているように思えなくもない熟れ方で、観る者を陶酔に誘う。原作は18世紀の作家バロン・ド・ドノンの“ポワン・ド・ランドン”。古典の優美さを巧みに現代に移し替えるセンスがさすがだ。'54年のフランス=ディジョンが舞台。新聞社主(A・キュニー)の妻ジャンヌは閉塞的な日常からの逃避を月に二度のパリ行きと愛人ラウール(ポロに熱中のつまらない男なのだ)との密会に求めていた。逆に、ラウールたちを屋敷に迎えようと相談に出た帰り、車が故障した所を若い考古学者ベルナールに拾われ家に辿り着いた彼女。友人らを迎えたその晩、眠れずに戸外へ出ると、そこにベルナールの姿もあった。夢遊病者のように庭をさまよい歩き、いつしか二人は、ジャンヌの寝室で愛を交わす。そして翌朝、驚く夫や愛人をしり目に、彼女は新しい男と共に家を出る。心なしか浮かぬ表情で……。モローすなわち倦怠(アンニュイ)。いったい彼女を満足させるものは何なのか不思議に思うほど、いつも不満そうな顔をしているのだ。

新宿、K's CINEMAのルイ・マル監督特集の上映作品が入れ替わっていたので再び出かけてきました。映画の内容はAllcinema Onlineの解説の通り。ジャンヌ・モロー演じるジャンヌの周りにはアラン・キュニー演じる仕事人間の夫、華やかなパリを代表する男であるラウル(ホセ・ルイス・デ・ヴィラロンガ)、そして車の故障を通じて知り合いになった真面目な男ベルナール(ジャン=マルク・ボリー)という3人の男が配置されています。そして、彼女の親友は、これまたパリを代表するような女性マギー(ジュディット・マーレ)。そんな登場人物の中で揺れ動いたジャンヌが、最後に行動を共にしたのは、ほとんど行きずり同然の男であるベルナールでした。

この映画には女性と男性という対立軸が感じられるのと同時に、都会(パリ)と田舎(ディジョン)という対立軸も存在しています。どちらがいい、という描き方ではなく、パリの遊園地の風景とディジョンの小川の風景が好対照を成している。都会では伊達男に見えたラウルも、ディジョンでは、単なる軽薄な男にしか見えなくなってしまう。一方(映画では描かれていませんが)ディジョンでは美しく見えたベルナールも、都会に出たらどうなるのでしょう……そういった先行きの見えなさも、最後のジャンヌの表情に現れている気がしました。

当時ルイ・マル監督は26歳前後。ジャンヌ・モローは30歳前後。この年齢で、不倫する人妻を見事に演じきったモローの凄さはともかくとして、26歳でこんな大人の恋愛劇を取り上げるルイ・マル監督には非常に恐ろしいものを感じました。

ルイ・マル(1963)『鬼火』

LE FEU FOLLET
製作国:フランス
上映時間:108分
監督:ルイ・マル
出演:モーリス・ロネ/レナ・スケルラ

ルイ・マル監督特集ということで、新宿のK's CINEMAにて『さよなら子供たち』(1987)につづけて鑑賞。正直、空腹状態なのと、一本がっつり観終わった直後だったので集中力がなかなか厳しかったです。前日サッカーアジアカップを見ていたりして、寝不足だったのも原因のひとつだとは思いますが。ただし、当然途中で寝たりはせず、しっかりと観ています。

 この映画で、主演のM・ロネが体現する虚無を親しく思うティーンエイジャーがいたら、少し時期尚早だと言おう。ただ、彼の歳に近づけば、なんらネガティヴな理由なく(アル中になって療養所から出たばかりという負の要素も抱えてはいるが)、何もなすべきことがない(見つからない)という不安から死にゆこうとするブルジョワ青年の彼を、あながち贅沢だと否定もできないだろう。人間、30にもなれば人生が見えてきてしまう。そんな苦渋が、この、自殺志願者の最後の二日間を痛々しくスケッチする作品には溢れていた。ラスト、拳銃と戯れながら、残りの人生の可能性を模索するかのように、ぼんやり思案にくれる青年。しかし、解答はもう出ているのだ……。彼の魂の彷徨にぴったり寄り添うように流れるエリック・サティの『ジムノペディ』が、ささやかに、しかし、雄弁にその心情を語っていた。

ラストワンカットのためにそれまでの2時間が費やされる映画。それまでの2時間が少々冗長に感じられたり、退屈に感じられたりする点もありましたが、最後の主人公の台詞(書き置き)に説得力を持たせるためには必要な描写だったと思います。

モノクロの映像、エリック・サティの音楽、そしてブツ切りにされるカット。すべてが主人公とその周りのほんの少しのズレ、違和感を表すことに一役かっています。また、スタッフロールが映画の始めに流れるのも、ラストシークエンスの衝撃を強めることに重要な役割を果たしています。

ルイ・マル(1987)『さよなら子供たち』

AU REVOIR LES ENFANTS
製作国:フランス/西ドイツ
上映時間:103分
監督:ルイ・マル
出演:ガスパール・マネス/ラファエル・フェジト/フランシーヌ・ラセット/フィリップ=モリエ・ジェヌー

日本映画『死刑台のエレベーター』(2010)の公開に合わせ、ルイ・マル監督のオリジナル版『死刑台のエレベーター』(1957)がリバイバル公開されたのですが、更にそのついで(と言ってはなんですが)にK's CINEMAにてルイ・マル監督作品が週替わりで2本ずつリバイバル公開されたものを見てきました。ルイ・マルは『死刑台のエレベーター』と『ビバ!マリア』(1965)しか観たことがなかったので、楽しみに見てきました。

 ルイ・マル監督が描く、自伝的色彩が濃厚なナチス占領時代の少年もの。1944年、ナチス占領時代のフランス。パリからカトリック寄宿学校に疎開している12歳の少年ジュリアン・カンタンの学校に、ある日ジャン・ボネという少年が転入してくる。彼は少し変わってはいるが、数学、国語、ピアノなど学業優秀でジュリアンのライバルとなった。初めはどこか打ち解けない2人だったが、次第に連帯感が生まれてきたその頃、ふとしたことからジュリアンは、彼が偽名を使って転入してきたユダヤ人であることを知る……。映画は、彼がユダヤ人であったことを偶然知ってしまったジュリアンの複雑な思い、そしてライバルとして反発しながらも次第に高まりゆく二人の友情を、淡々としながらも詩情溢れる画面から、少年たちの心の動きをくっきりと浮かび上がらせてゆく。本作は、おおげさなアクションや劇的な展開は余りない。しかしそのことがかえって、ラストの悲劇をエモーショナルなものにしているのだ。この作品は、劇中、生活描写と人間関係を専念して描く事により、自分の少年期の微妙なニュアンスを再現している、ルイ・マル監督の自伝的な作品である。

ふたりの少年の交流を、そこまでドラマティックにではなく、淡々と描写していくルイ・マル監督の演出が手堅い。日本のテレビドラマなんかだと、あざといくらいに盛り上げ、視聴者の涙を毟り取ろうとするであろうラストシーンの描写も至って淡々と落ち着いたもの。それが逆に、子どもの力(そして校長であるジャン神父の力でも)どうしようもない事態であるということを顕著に感じさせます。

雪の積もった校内での竹馬遊びや鬼ごっこのような遊びなど、雪を使った描写が非常に美しい。また、ストーリーを追っていくと、ルイ・マル監督を初めとして、当時のフランス人には、心ならずもユダヤ人迫害に手を貸してしまった、という贖罪の気持ちが強かったのだろうと感じさせられます。

ラストシーン、ジャン神父がタイトルにもなっている台詞を語りかけたあと、ボネともどもドイツ軍に連行されていきます。ボネの最後の姿に向けて手を振るしかないジュリアン。ボネが門の扉をくぐり抜ける。だれもいない門をしばらく映すカメラ。そこにかぶさってくる成長したジュリアンのモノローグ。この一連の流れがとても美しく、印象に残ります。

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